岸城神社は元岸和田村といわれた現在の宮本町・上町・五軒屋町の産土大神としてお祀りされてきた神社です。
当時の神社は現在のように専属の神主がいるのではなく、氏子が交代で担当を決め神社を守ってきました。
宮本町は一年交代で神社のお祭りをする神主を選出する係りであり、上町はお供え物を田畑で作り、また五軒屋町
はお祭りの提灯を掲げ諸準備をしたということです。
当時は農業を営んでいる人が多く、五穀豊穣を祈り感謝するお祭りが岸城神社において盛んに行われておりました。
元岸和田村の人々が岸城神社で手厚く行ってきたお祭りが「地車祭」の起源です。
村のお宮が城主の信仰するお宮へ変化したという歴史があり、「地車祭」も一時期城入りがメインとなりましたが、
明治維新廃藩後神社は元岸和田村の産土大神に戻され、元岸和田村といわれた宮本町・上町・五軒屋町に新たに町と
浜が氏子に加わり、氏子皆様の努力により「地車祭」が氏神岸城神社への一年の感謝の祭りとして再生されました。
現在、「地車祭」は岸城神社年中行事中最も重要な大祭として斎行しております。
また「地車祭」は各方面から注目の的となり、その輪は日本全国に留まらず関西国際空港の開港と共に全世界に広
まろうとしております。これは氏子市民の努力と岸城神社大神様の御神徳以外の何者でもないと確信しております。 |